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構造が大きく異なる化合物ペアにFEP計算を適用する新規手法を開発 -結合自由エネルギー推定の適用範囲を拡大し、創薬を加速-
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27 1月, 2025 -
【ポイント】 ○自由エネルギー摂動(FEP)計算で分子構造が大きく異なる化合物間の結合自由エネルギー差を効率的に計算する手法PairMapを開発 ○中間化合物を導入することで複雑な分子構造変換を橋渡しし、高精度なFEP計算を実現 ○計算機による低分子化合物の標的分子への結合予測を効率化し、医薬品開発の初期段階を加速 【概要】 東京科学大学(Science Tokyo)* 情報理工学院 情報工学系の大上雅史准教授、古井海里博士後期課程学生らとアリヴェクシス株式会社の共同研究チームは、創薬における標的分子への低分子化合物の結合能を推定する自由エネルギー摂動(FEP)(用語1)計算をより効率的に行うための新たな手法を開発しました。 近年、計算機を用いた医薬品開発プロセスでは、弱い活性を持つ医薬品候補化合物からより強固な活性を持つ化合物へと最適化を行うために、分子シミュレーションの一種であるFEPが大きく貢献しています。FEP計算では2つの化合物の間で仮想的に構造変換(アルケミカル変換)させながらシミュレーションを行うことで結合自由エネルギーの差を求めますが、2つの化合物の分子構造が大幅に異なる場合は適用が難しく、正しいエネルギー値を得られないことが大きな課題となっていました。 大上准教授らは、分子構造が大幅に異なる化合物間の構造変換を直接計算せず、中間化合物(用語2)を介して簡単な構造変換に分解して計算することで、高精度かつ効率的にFEP計算を実施するPairMap法を開発しました。この新手法により、これまでは困難だった複雑な構造変換においても、高精度なFEP計算ができるようになりました。この研究によって、医薬品開発プロセスにおけるFEP計算の利便性や適用範囲を拡大し、創薬にかかる膨大な時間と費用の削減に貢献します。 本成果は、2025年1月12日付(現地時間)の「Journal of Chemical Information and Modeling」誌に掲載されました。 *2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。 図1 PairMap法によって標的分子への結合自由エネルギーを予測するFEP計算のイメージ図 ●背景 医薬品の開発には十数年の期間と数千億円の費用が必要と言われており、この膨大なコストや開発期間の削減が喫緊の課題となっています。一方で、医薬品は標的となるタンパク質に結合して作用するものが多いため、計算機を用いて標的タンパク質に結合しそうな化合物を設計できるようになると、医薬品開発のプロセスが加速されると考えられます。そのため、医薬品候補化合物の分子設計を支援するためのさまざまな計算手法が開発されてきました。 自由エネルギー摂動(free energy perturbation, FEP) 計算は、2つの化合物の間で仮想的に分子構造を変換(アルケミカル変換)させながら分子シミュレーションを行う計算手法の一種です(図2)。この手法は、2つの化合物間の結合自由エネルギーの差(ΔΔG)を精度良く推定することができるため、計算による医薬品候補化合物の設計によく用いられています。しかしながら、2つの化合物の分子構造が大幅に異なる場合は適用が難しく、正しいエネルギー値を得られないことが大きな課題となっていました。 図2 自由エネルギー摂動計算の概念図。本来求めたい値は、化合物ごとの標的タンパク質への結合時と非結合時との自由エネルギーの差(結合自由エネルギー、図中のΔG1やΔG2)であるが、これを直接求めるには多くの計算時間を要する。FEPでは類似した2つの分子構造の差異に着目し、それらを構造変換させる際のエネルギー差(ΔGboundやΔGsolvent)がより短い計算で求められることを利用して、化合物の標的タンパク質への結合自由エネルギーの差であるΔΔGを計算する。 ●研究成果 本研究では、大きな構造変化を伴う化合物構造の変換に対するFEP計算を可能にするため、この場合に必要な複雑な構造変換を、中間化合物を介した複数の簡易なステップへと分解するアプローチを採用しました(図3)。まず、入力された化合物ペアに対して最大共通部分構造(用語3)を基準とした原子の削除・置換などの操作を行い、多様な中間化合物の候補を網羅的に生成するアルゴリズムを開発しました(図4)。次に、得られた中間化合物集合から必要最小限の中間化合物を選抜し、もとの複雑な構造変換を可能な限り簡略化できる組み合わせを自動的に選択する手法を構築しました(図5)。そして、ΔΔGを計算するために実際にどの化合物ペア間のFEP計算を実施すべきかを計画する摂動マップ(用語4)を構築しました(図6)。このとき、摂動マップ内に熱力学的サイクル(用語5)を導入することで、計算誤差を低減させる工夫も行っています。図3 中間化合物導入の概要。図の左のように2つの分子の構造的な変化が大きい場合には、直接FEP計算を行うのは困難である。PairMapでは図の右のように中間化合物を介して計算することで、簡単な構造変換の組み合わせでΔΔGを求める。 図4 網羅的な中間化合物生成の概要。出発化合物に対して原子の変更・削除の2つの操作を繰り返すことで、目的化合物に化学構造が近い中間化合物を網羅的に生成する。 図5 PairMap法の概念図。出発化合物と目的化合物の間を橋渡しするように、網羅的に中間化合物が生成される。その中から、橋渡しに最低限必要な中間化合物の組み合わせを選択し、摂動マップを構築する。 図6 共通の基本骨格を持つ化合物群の摂動マップに中間化合物を導入する例。 さらに、PairMapを1つの化合物ペアだけでなく、共通の基本骨格を有する化合物集合に対しても適用できるように拡張しました(図6)。この拡張により、化合物集合に対する摂動マップ上にFEP計算が困難なペアが発生した場合に、PairMapによる中間化合物を導入することで、ネットワーク全体としての計算精度を向上させられるようになりました。実際に、すでに活性値が実験によって明らかになっている複数のベンチマークデータセットから、特に複雑な構造変換を含む化合物ペアを選抜してFEP計算を実施したところ、従来法では精度が悪かった化合物ペアでも、本手法によって計算時間の大幅な増加を抑えつつ、計算精度を高められることを実証しました。またPairMapは既存の中間化合物の生成方法よりも高速であり、網羅性も考慮されていることから、より少ない中間化合物の導入で計算の最適化ができることも示しました。 ●社会的インパクト 今回開発したPairMapは、オープンソースソフトウェアとしてプログラム共有サイトGitHub (https://github.com/ohuelab/PairMap) からダウンロード可能となっています。PairMapの利用により、創薬の化合物最適化プロセスで重要となるスキャフォールドホッピング(用語6)や、分子量が大きめの化合物の設計など、これまでFEPの適用が難しかった状況にも対応が可能になります。これにより、医薬品開発プロセスの初期段階でより多くの有望な化合物の選別・最適化を迅速に行えるようになり、医薬品開発コストの削減と、効率的で持続可能な創薬が実現すると期待されます。 ●今後の展開 研究チームはPairMapをさらに拡張し、電荷変化を伴う変換への対応を行っています。さらにAIとの組み合わせによって、膨大な化合物空間を効率的に探索する手法の開発をすでに進めています。これにより、さらに幅広い化合物群を対象とした高精度なFEP計算が可能になり、創薬支援技術のより一層の革新が見込まれます。 ●付記 本研究は、東京科学大学とアリヴェクシス株式会社による共同研究契約に基づいて実施されました。また、日本学術振興会 科学研究費助成事業(大上雅史:JP23H04880、JP23H04887、古井海里:JP24KJ1091)、日本医療研究開発機構 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(大上雅史:JP24ama121026)、科学技術振興機構 創発的研究支援事業(大上雅史:JPMJFR216J)による支援を受けています。 【用語説明】 (1) ...continuedカテプシンC阻害剤の血管炎治療効果を証明~ANCA関連血管炎の新規治療薬として期待~
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23 8月, 2024 -
ポイント ・カテプシンC阻害剤がラットANCA関連血管炎モデルの病変を改善。 ・カテプシンC阻害により、ANCA関連血管炎モデル内で生じる病因物質NETsが減少。 ・NETsが病因となる様々な疾患に対する新規治療開発の進展に期待。 概要 北海道大学大学院保健科学研究院の西端友香助教、益田紗季子講師、石津明洋教授らとアリヴェクシス株式会社の共同研究グループは、NSP*1の成熟を司るカテプシンCの作用を阻害することにより、NETs*2の形成が抑制され、NETsが病因となっているANCA*3関連血管炎を改善することを、動物モデルを用いて初めて示しました。 NETsの形成には成熟したNSPの働きが必須であることから、研究グループは、カテプシンCの酵素活性を阻害することでNSPの成熟が妨げられ、病因であるNETsが形成されなくなることによってANCA関連血管炎が改善する、という仮説を立てました。本研究では、ANCAの産生とともにANCA関連血管炎を発症する動物モデルを作製し、この動物モデルにカテプシンC阻害剤を経口投与しました。本研究で使用したカテプシンC阻害剤はアリヴェクシス株式会社において開発された新規化合物であり、カテプシンCに対する高い特異性と阻害活性を有しています。 カテプシンC阻害剤を投与された動物モデルでは、末梢血中に検出されるNETs形成好中球や腎臓に沈着するNETsが激減し、臨床像としても見られる腎糸球体障害並びに肺出血が軽減しました。本研究の成果は、ANCA関連血管炎をはじめNETsが病因となっている種々の疾患に対し、カテプシンC阻害が有効な治療戦略となることを示しています。 なお、本研究成果は、日本時間2024年8月22日(木曜)18時公開のNature Communications 誌に掲載されました。 【背景】 ANCA関連血管炎は好中球細胞質抗原に対する自己抗体ANCAの出現に伴って発症する全身性小型血管炎で、高齢者に多く、急速に悪化する腎機能障害や肺出血などを特徴とする疾患です。厚生労働省が指定する難病の一つであり、2020年における特定医療費の受給者は約2万人で、その数は年々増加しています。副腎皮質ステロイドやシクロホスファミドなどの免疫抑制剤、CD20分子に結合するリツキシマブや補体C5a受容体に結合してC5aに拮抗するアバコパンなどの分子標的治療薬の有効性が確認されており、一定の治療効果が得られていますが、これら治療への不応例や治療後に再燃する例があり、新たな治療薬の開発が強く求められています。また、既存の治療薬には免疫力の低下をきたす副作用があり、治療に関連した感染症の併発は解決すべき大きな課題となっています。 NETsは病原微生物の生体内への侵入を受けて好中球が細胞外に放出するDNA複合体で、好中球が細胞質に保有する殺菌酵素を纏っています。好中球から放出されたNETsはDNAで病原微生物を絡めとり、殺菌酵素を浴びせて病原微生物を殺傷します。NETsは生体にとって重要な感染防御機構ですが、過剰に形成されると生体にとって不利益をもたらすことも知られています。ANCA関連血管炎では、ANCAが好中球に結合することによって好中球からNETsが過剰に放出され、これが病原微生物を殺傷する代わりに自身の血管内膜を損傷することによって血管炎が発症します(図1)。 NSPは好中球が保有する一群の酵素で、好中球エラスターゼやプロテイナーゼ3、カテプシンGなどが含まれます。各種のNSPに共通した活性化機構として、骨髄において好中球が分化する過程で、未熟型(非活性型)NSPのN末端側の二つのペプチドが切断され、成熟型(活性型)に変化することが知られています。成熟型(活性型)の好中球エラスターゼは、NETsの形成において重要な役割を果たしています(図1)。 カテプシンCは骨髄における好中球の分化過程で作用し、未熟型(非活性型)NSPのN末端側の二つのペプチドを切断し、成熟型(活性型)に変換する酵素です(図1)。 【研究手法】 まず、生後4週齢の雄性Wistar Kyotoラット24匹に対し、既報どおり、好中球に対する自己抗体の抗原となり得るヒト由来MPOを免疫し、ANCA関連血管炎動物モデルを作製しました。 次に、上記ラットを8匹ずつ3群(疾患群、低用量治療群、高用量治療群)に分け、低用量治療群にはMOD06051を0.3 mg/kg、高用量治療群にはMOD06051を3 mg/kg、1日2回連日経口投与しました。疾患群には同量の溶媒を1日2回経口投与しています。投与期間はモデル作製日から42日間とし、42日目に全個体からサンプリングを行いました。 そして、血清中のANCA抗体価(酵素結合免疫吸着測定法)、血中NETs形成好中球(フローサイトメトリー法)、腎組織におけるNETs沈着(免疫蛍光法)、腎組織傷害(PAS染色法)、肺出血(HE染色法)を評価しました。 【研究成果】 MOD06051は9種類のカテプシンファミリー酵素の中でカテプシンCのみを選択的に阻害し、ラットへの投与後に末梢血のカテプシンC活性を阻害しました。またヒト造血幹細胞から分化させた好中球や連投後のラットの骨髄由来の好中球のNSPの活性を阻害し、様々な刺激によるNETs形成も阻害しました。 血清中のANCA抗体価については、正常ラット8匹を陰性対照とすると、疾患群では陰性対照に比べて有意に高いANCA抗体価を示しました。MOD06051投与群では、用量によらず、ANCA抗体価は疾患群と同程度に高い値を示しました(図2a)。 血中NETs形成好中球については、正常ラット8匹を陰性対照とすると、疾患群では陰性対照に比べて血中好中球のNETs形成割合が有意に高く、MOD06051投与群では、用量依存的かつ有意にその割合が減少し、正常レベルまで改善しました(図2b)。 腎組織におけるNETs沈着については、疾患群では糸球体に浸潤する好中球の約10%がNETsを形成していましたが、MOD06051投与群では用量依存的かつ有意に腎組織におけるNETs沈着が減少しました(図2c)。 腎組織傷害については、疾患群では約10%の糸球体に病変が認められましたが、MOD06051投与群では傷害されている糸球体の割合が有意に減少しました(図2d)。 肺出血については、MOD06051の用量依存的に肺出血が減少し、高用量投与群では疾患群に比べて有意に改善しました(図2e)。 【今後への期待】 カテプシンC阻害剤は、ANCA関連血管炎の新規治療薬候補です。本研究においてANCA抗体価への影響が認められなかったことは、抗体産生能すなわち液性免疫能には影響を及ぼさないことを意味しており、幅広い免疫機能を抑制する既存の治療薬とは異なり、免疫力低下を引き起こさない可能性を示しています。 また、カテプシンCを遺伝的に欠損させたマウスでは、好中球の活性酸素放出、接着、遊走、ファゴサイトーシスへの影響が無いことが報告されていることから、好中球の感染防御機能への影響を回避しつつ病態を改善できる可能性が見込まれます。今後、MOD06051の臨床試験において、本薬剤の安全性と有効性が確認されることが期待されます。 また、NETsはANCA関連血管炎以外にも、敗血症、痛風、糖尿病、全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど様々な疾患の病因ともなっていることが知られています。そのため、カテプシンC阻害は、これらNETsが病因として関与する種々の疾患に対しても有効な治療戦略となる可能性が期待されます。 【謝辞】 本研究は、JSPS科研費(JP21H0295802)の助成を受けたものです。 論文情報 論文名 Cathepsin C inhibition reduces neutrophil serine protease activity and improves activated neutrophil-mediated disorders(カテプシンC阻害は好中球セリンプロテアーゼの作用を抑制し活性化好中球が関与する疾患を改善する) 著者名 西端友香1、荒井粋心1、谷口 舞1、中出一生1、小川帆貴1、北野翔大1、細井夢花1、進藤綾乃1、西山 遼1、益田紗季子1、中沢大悟2、外丸詩野3、清水喬史4、William Sinko4、長倉 廷4、寺田 央4、石津明洋1(1北海道大学大学院保健科学研究院病態解析学分野、2北海道大学大学院医学研究院免疫・代謝内科学教室、3北海道大学病院病理部/病理診断科、4アリヴェクシス株式会社) 雑誌名 Nature ...continuedマスト細胞を特異的に標的とする新しい抗アレルギー薬MOD000001の同定
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11 4月, 2024 -
ポイント 山梨大学大学院総合研究部医学域免疫学講座の中村勇規准教授、中尾篤人教授らのグループとアリヴェクシス株式会社は、種々のアレルギー性疾患の治療薬となり得る新しい低分子化合物MOD000001を開発しました。本化合物は、KITと呼ばれる受容体分子を特異的に阻害することで、アレルギー症状の根源であるマスト細胞の活性化を抑えて、またその細胞の数を減らします。ヒトや動物のマスト細胞を用いた実験で効果が見られたとともに、経口投与でマウスのアレルギー症状を軽減することが分かりました。現在、アリヴェクシス株式会社ではさらなる最適化を行い、臨床応用に向けた研究開発を進めています。なおこの成果は、4月2日に米国アレルギー学会誌であるJACI: Globalに掲載されました。 概 要 背景: 花粉症や喘息、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、じんましんなどのアレルギー疾患は、花粉やダニなどの環境中のアレルゲンによって「マスト細胞」と呼ばれる免疫細胞が活性化し、ヒスタミンなどのアレルギー反応の誘導分子が放出され、炎症が形成されることによって起こります。既存の抗アレルギー薬である抗ヒスタミン剤や副腎皮質ホルモンなどは、マスト細胞や他の免疫細胞からのアレルギー反応誘導分子を標的としており、それらの作用を阻害することにより効果を発揮します。ただこれらの既存の薬剤では、アレルゲンによるマスト細胞の活性化そのものに対する抑制作用がないため、あくまで対症療法であり、薬剤を中止すると比較的すぐにアレルギー症状が再発することが知られていました。 マスト細胞の活動性や生存は、KITというマスト細胞表面上に発現している受容体分子の働きにより制御されています。よってKITの作用を特異的に阻害することにより、マスト細胞の活動性や体内における数を減らす、新規の抗アレルギー薬を創出できることが考えられました。特に、花粉症や喘息・アトピー性皮膚炎・食物アレルギー・じんましんなどのアレルギー疾患患者さんの鼻粘膜や気管支・皮膚・腸管では、健常人に比べてマスト細胞の数が増加していることが知られているため、病変部でのマスト細胞数を減らすことによって、アレルギー症状を強力かつ長期的に緩和できることが期待されました。一方、これまでアレルギー疾患以外の病気、主には白血病やガンなどの細胞増殖性疾患の治療を目的として、幾つかのKIT阻害剤が開発されていましたが、いずれもKIT特異性に乏しく、副作用の頻度が高いことが問題となっていました。 そこで本学ならびにアリヴェクシス株式会社の研究グループは、KIT特異性が極めて高い低分子KIT阻害剤を開発し、アレルギー疾患の新たな治療薬としての可能性を検討することとしました。 今回の成果: 研究グループは、最新のスーパーコンピュターを利用した分子動力学シミュレーションによって、精度高く高速に化合物選定や目的タンパク質への結合能を評価できるシステムなどの独自の創薬プラットフォームを用いることにより、KIT受容体に選択的に結合する低分子化合物候補を複数個見出しました。さらに試験管内での実験により、その中から、KITが持つリン酸化酵素活性(マスト細胞の活動性を高めたり生存を延長させるために重要な生理活性)を選択的かつ強力に阻害する作用を持つ化合物としてMOD000001を同定し、さらなる検討を進めました。 マウス骨髄由来培養マスト細胞とヒト末梢血幹細胞由来培養マスト細胞を用いた実験により、MOD000001が、SCF(KIT受容体に結合し活性化する生体内分子)やアレルゲンによるマスト細胞の活性化や生存の延長、マスト細胞の遊走活性などを顕著にかつ特異的に阻害することが示されました。また、マウスじんましんモデルを用いた実験によって、MOD000001の経口投与が、アレルゲン によって惹起されるじんましんを著明に軽減することが見出されました。さらに、MOD000001の長期経口投与によりマウス皮膚におけるマスト細胞数の減少も確認されました。なおMOD000001の長期投与によるマウスへの副作用は観察されませんでした。 今回の成果の意義: これまでアレルギー疾患の主たる治療薬は、免疫細胞が産生するアレルギー反応誘導分子を標的としており、マスト細胞を直接標的とする薬剤はありませんでした。よってMOD000001は全く新しい機序による抗アレルギー作用を持つ化合物ということができます。また本剤は、これまで知られているKIT阻害化合物と比較して格段に優れたKIT特異性を有しており、より高い安全性が期待されます。さらに本剤は、マスト細胞の活動性だけでなく、生存を抑制することにより体内のマスト細胞の数を減らすことが可能なため、本剤の開発により、より強力かつ持続的な抗アレルギー作用、今まで既存の抗アレルギー薬に反応しなかった患者さんへの効果、既存の抗アレルギー薬の減量効果などが期待されます。 なおアリヴェクシス株式会社では、経口薬としてMOD000001を元にさらに最適化したKIT特異的阻害化合物をすでに同定し、抗アレルギー薬としての早期の臨床応用を目指した評価を進めており、新規の抗アレルギー薬の実現に加え、マスト細胞が関与するアレルギー疾患以外の疾患(がんや動脈硬化、線維症など)への応用についても検討しています。 論文情報: [掲載誌] JACI: Global(米国アレルギー学会誌) [タイトル] A highly selective KIT inhibitor MOD000001 suppresses IgE-mediated mast cell activation [著者] Yuki Nakamura, PhD,1 Takeo Urakami, PhD ,2 Kayoko Ishimaru,1 Nguyen Quoc Vuong Tran, PhD,1 Takafumi Shimizu, MS,2 William Sinko PhD,2 Taisuke Takahashi, PhD,2 Sivapriya Marappan, PhD ...continued